MENU

優木まおみの離婚理由は?マレーシア移住1年で離婚を公表、元夫と娘2人の今

当サイトのコンテンツには広告が含まれています
  • URLをコピーしました!

佐賀市出身で、小学校の教員免許を持つタレントの優木まおみさん。グラビアからバラエティ、ピラティスの講師、飲食店のオーナーまで、仕事の幅を広げてきました。

タレントの優木まおみさん
出典:https://www.oricon.co.jp/news/2475820/full/

2026年夏、その優木さんの離婚のニュースが流れました。どうして別れることになったのか、娘さんたちはどうしているのかが気になります。

優木さんは2026年8月24日、インスタグラムで美容師の一般男性との離婚を公表しました。2025年夏に娘2人を連れてマレーシアへ移り、夫は日本で仕事を続けていた中での決断で、詳しい理由は語っていません。

この記事では、離婚の報告と同じ日に語った胸の内、マレーシア移住からの1年、元夫について分かっていること、2013年の結婚、娘2人の今を紹介します。

目次

優木まおみは2026年8月24日に離婚を公表

優木さんは2026年8月24日、インスタグラムで離婚を公表しました。所属事務所もデイリースポーツの取材に事実を認めています。2013年6月の結婚から離婚の公表までは約13年2か月で、離婚が成立した日は明かされていません。

発表文では子育ての方針に触れ、同じ日に公開されたインタビューでは、成立後に抱えた喪失感まで語っていました。

私たちは夫婦という関係性を終え、新しい道を歩むこととなりました。今後も大切な子どもたちの母・父として、協力しながら子育てを続けてまいります。私たちの前向きな選択を、これからも温かく見守っていただけますと幸いです

引用:https://encount.press/archives/1054002/

文面に出てくるのは「前向きな選択」という言葉だけで、別れた理由そのものには触れていません。

同じ日のLEEのインタビューで「ものすごい喪失感」

発表と同じ日、集英社のLEEが優木さんのインタビューを公開しました。cokiの紹介によると、夫とは「円満で穏やかに」話し合いを重ね、「夫婦という形は卒業しましょう」という結論になったと説明しています。

ところが、離婚が成立すると「ものすごい喪失感」に襲われ、眠れない日が続いたとのこと。娘たちを悲しませたのではと自分を責め、罪悪感や漠然とした不安も抱えていたと明かしています。

「前向きな選択」と書いた文面の裏で、眠れない日が続いていたとは。発表文だけでは分からない話です。

共同親権かどうかは明かしていない

2026年4月に施行された改正民法で、離婚後の共同親権を選べるようになりました。優木さんはインタビューでこの制度に触れ、夫婦でなくなっても2人で娘を育て、家族としての形は変えないという考えを示しています。ただ、実際に共同親権と単独親権のどちらを選んだのかは公表していません(coki)。

離婚の理由は?マレーシア移住から1年での決断

優木さんは離婚の詳しい理由を明かしていません。分かっているのは、2025年8月に娘2人とマレーシアへ移り、夫は日本に残っていたことです。公表までの約1年には、マレーシア移住、夫と離れた暮らし、店舗の譲渡がありました。

2025年8月、娘2人と母子留学で移住

優木さんは2025年5月に芸能活動の一部休止を発表し、8月から娘2人とマレーシアで暮らし始めました。夫は美容師の仕事を続けるため日本に残っています。当初は2〜3年の教育移住を考えていて、娘たちは現地のインターナショナルスクールに通いました。

cokiによると、移住の出発点には、娘たちに中学受験をさせず進路は本人に選んでほしいという考えがありました。優木さん自身が18歳で半年間ハワイに留学した経験から、幼いうちに英語や異文化に触れさせたいという思いもあったそうです。

「喧嘩は3回」と話していた夫婦

週刊文春は芸能記者の話として、夫婦が「結婚生活で喧嘩は3回」というほど仲が良く、移住後も定期的に帰国して家族で過ごしていると語っていた、と伝えています。そのうえで「心の距離は広がっていたようだ」とも書いていますが、これは記者の見方です。

2026年6月公開のAERA DIGITALのインタビューでは、離れて暮らすことで家族の絆が以前より強くなったとも話していました。ただ、このインタビューの収録時期と離婚成立日の前後関係は分かっていません。

うなぎ店2店は2025年末に手放していた

週刊女性PRIMEは、優木さんがオーナーを務めていたうなぎ専門店のフランチャイズ2店(佐賀・福岡)が、2026年1月と7月に閉店していたと報じました。所属事務所は「どちらの店舗も2025年末に本部に譲渡したと聞いております。マレーシア移住のため、本部と話し合って譲渡という形になりました」と答えています。

2025年6月のテレビ番組では、佐賀に建てた家について「独り身にもし戻ることとかあったりしたら…今結婚してるんですけど…」と話し、司会の阿川佐和子さんに「離婚、前提ですか?」と突っ込まれる場面もありました(デイリースポーツ)。このときは「その時も一緒にいたら、一緒に佐賀に住むと思います」と答えています。番組での冗談まじりのやり取りで、離婚と結びつけて読むのは早計です。

元夫はどんな人?3歳年上(本人いわく2歳上)の美容師

元夫は一般の男性で、美容師(ヘアメイク)の仕事をしています。年齢差は報道で「3歳年上」とするもの(ENCOUNT、デイリースポーツなど)と、「2歳年上」とするもの(オリコン)があります。法人の報道では、元夫の氏名は伝えられていません。

優木まおみさんの元夫とされる美容師の男性
出典:http://recruit.air.st/

まとめ記事では、優木さんの過去のインスタグラム投稿などをもとに、元夫は美容室「air」の美容師・志賀功祥さんではないかと紹介されています。写真の男性と元夫を結びつけているのも、まとめ記事です。もし本当にこの方が元夫なら、ひげとニット帽がよく似合う、スポーティーな雰囲気の方ですね。

2017年には、優木さんが「今回も主人におまかせ~~」とインスタグラムに投稿し、夫に髪を切ってもらっていることを明かしていました(モデルプレス)。夫に髪を任せられるのは、ちょっとうらやましい話です。

2013年の結婚まで:仕事の現場で出会い、元日に結婚を報告

2人が出会ったのは、雑誌の撮影の現場でした。2013年1月1日、優木さんはブログで結婚することを報告し、同じ年の6月に結婚しています。

2013年、左手薬指の指輪を見せる優木まおみさん
出典:https://www.oricon.co.jp/

まとめ記事によると、2011年の撮影で夫がヘアメイクを担当した日にロケバスが追突される事故があり、待っている間に話したのがきっかけでした。食事に誘ったのも告白したのも優木さんの方で、交際2か月ほどで「同じ苗字になってくれる?」とプロポーズされたと紹介されています。

J-CASTによると、優木さんはブログで、夫の「優しくて穏やかな性格と、私や私の家族、仕事仲間や、友人たちを自分のことのように大切に想い、優先して行動してくれる人間の大きさ」にひかれ、交際してすぐ結婚を意識したと書いていました。スポーツ紙が「北島康介似」と書いた夫を、優木さん本人は「一番似ているのは、くまモン」と紹介しています。

元日の結婚報道はJ-CASTも取り上げ、北島康介さんの婚約や松浦亜弥さんの結婚報道と並んで「結婚ラッシュ」と伝えていました。挙式はハワイで行ったと、まとめ記事は紹介しています。

子どもは娘2人、離婚後も「協力しながら子育て」

優木さんの子どもは娘が2人です。2014年4月4日に長女、2017年1月26日に次女が生まれ、離婚発表の時点で12歳と9歳でした。2人とも、マレーシアで優木さんと暮らしています。

離婚の報告では「今後も大切な子どもたちの母・父として、協力しながら子育てを続けてまいります」と書いています。LEEのインタビューでは、離婚の前後に「なんでマレーシアに来たんだろう」と迷う時期もあったものの、友人に誘われて始めた「ピックルボール」に救われたと話しています(coki)。

競技に打ち込んだ日は久しぶりに眠れ、現地で新しい友人も増え、今は選手を目指して練習しているそうです。46歳で新しいスポーツの選手を目指すとは、驚きました。

優木まおみのプロフィール

佐賀市で育った優木さんは、東京学芸大学で小学校教員の課程を卒業し、2002年に芸能界に入りました。「エロかしこい」のキャッチフレーズでグラビアからブレイクし、のちにファッションモデルにも転身しています(週刊文春)。

優木まおみ(ゆうき まおみ)

生年月日1980年3月2日(2026年10月時点で46歳)
出身佐賀県佐賀市
学歴東京学芸大学(小学校教員課程)卒業、教員免許あり
仕事タレント、ピラティス講師、オンラインボディサロン主宰、実業家
結婚歴2013年6月に美容師の一般男性と結婚、2026年8月24日に離婚を公表
子ども長女(2014年4月生まれ)、次女(2017年1月生まれ)

離婚の公表から2か月の2026年10月時点で、再婚や新しい恋人の話は伝わっていません。

まとめ

今回は「優木まおみの離婚理由は?マレーシア移住1年で離婚を公表、元夫と娘2人の今」

ということで、優木まおみさんの離婚と元夫、娘さんたちについての情報をまとめました。

  • 2026年8月24日、インスタグラムで離婚を公表。「夫婦という関係性を終え、新しい道を歩む」「前向きな選択」とつづった
  • 詳しい理由は明かしていない。同じ日のLEEのインタビューでは、話し合いで「夫婦という形は卒業しましょう」となり、成立後に「ものすごい喪失感」があったと話した
  • 2025年8月から娘2人とマレーシアで暮らし、夫は日本で美容師の仕事を続けていた。2013年6月の結婚から公表まで約13年2か月(離婚成立日は非公表)
  • 元夫は美容師の一般男性(年齢差は報道で2歳・3歳と食い違い)。2013年6月に結婚
  • 長女は2014年、次女は2017年生まれ。離婚後も「母・父として、協力しながら子育て」

「前向きな選択」と書いた一方で、眠れない夜があったことまで話した優木さん。マレーシアでピックルボールの選手を目指しているという近況を読んで、少しほっとしました。

目次