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柴田理恵の旦那は学生時代の同級生で元舞台監督!夫が柴田姓になった結婚と子供がいない夫婦、創価学会の話

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劇団WAHAHA本舗の看板女優で、バラエティでは豪快な笑いと涙もろさでおなじみの柴田理恵さん。67歳の今も舞台にドラマに、元気いっぱいに活躍しています。

女優でタレントの柴田理恵さん
出典:https://post.tv-asahi.co.jp/post-116055/images/116061/

テレビであれだけ家族の話をする人なのに、旦那さんが画面に出てくることはまずありません。そのせいか、ネットでは旦那さんの素性から「旦那さんも創価学会員」という話まで、あれこれ書かれています。

旦那さんは学生時代の同級生で、WAHAHA本舗の舞台監督だった男性です。結婚のときに旦那さんのほうが「柴田」に名字を変えていて、2人の間に子供はいません。

この記事では、一度は「なかったことに」された告白から始まった馴れ初めや、劇場での公開結婚式、夫婦と一緒に暮らしてきた2匹の愛犬、創価学会の話を紹介します。

目次

柴田理恵の旦那は学生時代の同級生で元舞台監督

柴田理恵さんの旦那さんは、学生時代の同級生で、WAHAHA本舗で舞台監督をしていた男性です。柴田さんが28歳のときに結婚しました。

ネットでは名前を信幸さんとする話がありますが、一般の方なので名前も含めてプロフィールは公表されていません。

WAHAHA本舗の舞台監督だった旦那さん

旦那さんは、柴田さんや久本雅美さんたちが1984年に旗揚げした劇団・WAHAHA本舗で、舞台監督をしていました。現在は引退して一般の方として暮らしている、と書くサイトが多く、今どんな仕事をしているかは分かっていません。

おそろいの浴衣を着た柴田理恵さんと旦那さん
出典:https://www.kateigaho.com/article/detail/113258

写真は、雑誌『家庭画報』の連載で柴田さんが紹介した、夫婦おそろいの浴衣姿です。プラムピンクの骸骨が描かれた派手な柄を、柴田さんが「照れる夫におかまいなしで」仕立てたそうです。

骸骨柄の浴衣を「照れる夫におかまいなしで」とは、柴田さんらしい押しの強さです。照れながらも袖を通しているのですから、旦那さんもなかなか付き合いがいいですね。

名字を「柴田」に変えたのは旦那さん

結婚のとき、名字を変えたのは旦那さんのほうでした。そのため、柴田理恵さんの名字は結婚後も変わっていません。

柴田さんは、鉄道会社に勤める父と小学校の先生だった母のもとに生まれた一人娘です。そのためネットでは「柴田の名字を残すために婿入りした」「旧姓は染谷」といわれていますが、名字を変えた理由を柴田さんや旦那さんが語ったことはなく、一人娘だからという説明もあくまで周りの推測です。

ちなみに、ネットには「柴田家は宮田旅館を経営する家柄」という話もあります。Wikipediaによると、老舗旅館だったのは母の実家のほうで、柴田さんは夏休みに接客を手伝っていたそうです。

馴れ初めは学生時代、明治大学の演劇研究部とされる

2人が学生時代の同級生だったことは、プロフィールにもはっきり書かれています。ネットでは、柴田さんが通った明治大学の演劇研究部で一緒だったとされていて、出会いから結婚までの約10年にはなかなかのドラマがありました。

一目ぼれの手紙は「なかったことにしようよ」

ネットで紹介されている馴れ初めによると、旦那さんは大学1年のときに柴田さんに一目ぼれして、手紙で告白したといいます。ところが柴田さんの返事は「あのさ~手紙なかったことにしようよ」。見事にフラれてしまいます。

どの番組や雑誌で話したものかは紹介しているサイトにも書かれていませんが、いかにも柴田さんらしいサバサバした断り方です。一大決心の手紙を「なかったことに」されるなんて、旦那さんの心中を思うと笑ってはいけないのに笑ってしまいます(笑)

大学4年、車酔いを手で受け止めた一途さに心を打たれる

2人の関係が変わったのは大学4年のとき。演劇研究部の仲間でドライブに行ったとき、柴田さんがひどい車酔いで吐いてしまい、それを旦那さんがとっさに両手で受け止めた、というエピソードが知られています。

その後、仲間から旦那さんが3年間ずっと片思いしていたことを聞いて、柴田さんはその一途さに心を打たれ、交際が始まったとされています。部の仲間と1か月かけてアメリカを旅行し、ニューオーリンズで飲んだガンボスープのおいしさに2人で感動した、という話も紹介されています。

好きな人の吐いたものを手で受け止めるなんて、なかなかできることではありません。3年間の片思いが、まさかの車酔いで実るとは、人生何があるか分かりませんね。

プロポーズは柴田さんから「結婚はどうするの?」

大学を出たあと、柴田さんは劇団東京ヴォードヴィルショーへ、旦那さんは唐十郎さんの劇団へ入ったとされ、それぞれ芝居の道に進みます。1984年に柴田さんたちがWAHAHA本舗を旗揚げすると、旦那さんも加わって舞台監督を務めました。

なかなか結婚の話を出さない旦那さんに、しびれを切らした柴田さんが「結婚はどうするの?」と切り出したのが、事実上のプロポーズだったそうです。旦那さんは「結婚するか…」と答え、あとで聞くと「最初から決めてたからね」と言われた、という話まであります。

「最初から決めてた」なら早く言ってよ、とツッコみたくなります。大学1年の手紙から数えると、旦那さんの「決めてた」は10年近く筋金入りだったことになりますね。

お客さんを入れた劇場での「公開結婚式」

2人の結婚式は、劇場にお客さんを入れた「公開結婚式」でした。劇団の仲間とともに舞台で生きてきた2人らしい式です。

柴田理恵さんと旦那さんの結婚式の写真
出典:https://twitter.com/ShibataRieImage/status/1652620714028171265/photo/1

番組で紹介された結婚式の写真では、柴田さんが大きな口を開けて笑っています。花嫁さんがここまで豪快に笑う結婚式の写真、なかなかお目にかかれません。タキシード姿の旦那さんも、きりっとした表情でなかなかの好青年ぶりです。

柴田理恵と旦那の間に子供はいない

柴田さん夫婦に、子供はいません。結婚から40年近く、夫婦と一緒に暮らしてきたのは2匹の愛犬です。

子供がいない理由は語られていない

子供がいない理由を、柴田さんは公の場で語っていません。ネットでは38歳で見つかったとされる子宮筋腫と結びつける書き込みもありますが、病気の話自体がはっきりせず、柴田さんが子供のことと結びつけて話したこともありません。

結婚したころはWAHAHA本舗が軌道に乗り始めた時期で、仕事を優先したのでは、という見方もあります。どれも外からの推測で、夫婦が話していないことを、こちらが決めつける話ではありません。

ゴミの山から救った晴太郎と、保護犬の晴の輔

2005年、柴田さんは名古屋でのロケ中に、不法投棄されたゴミの山の中に捨てられた子犬を見つけました。左の後ろ脚に障害があったその子犬を引き取り、「晴太郎」と名付けて夫婦で育てています。

愛犬と一緒の柴田理恵さんと旦那さん
出典:https://news.livedoor.com/article/detail/18085505/

晴太郎は2019年に亡くなり、2020年5月には栃木県の山中で保護された黒い子犬を譲り受けて「晴の輔」と名付けました。オレンジのパーカー姿でしゃがむ男性が旦那さんとされていて、犬と並んだ笑顔がなんとも穏やかです。

「線だったものが面になる」犬が夫婦を家族にした

柴田さんはラジオで、犬が来たことで夫婦の関係が変わったと話しています。共働きで友達のようだった2人のところに犬が1匹加わると、点が3つになって「線だったものが面になる」のだそうです。

犬のことを話し合ううちに、家庭が大事になり、早起きして健康にも気をつけるようになったと話しています。朝ごはんは定食スタイルで、ご飯は柴田さんが100g、旦那さんが120gときっちり量り、旦那さんの好物の納豆は欠かさないんだとか。

ご飯をグラム単位で量る夫婦なんて、なかなかいません。あの豪快な柴田さんが台所で100gをきっちり量っている姿は、ちょっと想像がつきません(笑)

柴田理恵と旦那は創価学会員?

柴田理恵さんが創価学会の学会員であることは、広く知られています。国政選挙では公明党の候補者を支持したこともあります。旦那さんも学会員なのかについては、ネットの話と柴田さんの手記の内容が混ざって語られています。

久本雅美さんとの出会いがきっかけで入信

デイリー新潮に掲載された柴田さんの手記によると、柴田さんは久本雅美さんとの出会いをきっかけに創価学会に入信し、家族にも信仰を伝えたといいます。久本さんとともに、学会の「芸術部」の有名メンバーとして名前が挙がることも多い人です。

旦那さんについては、柴田さんの誘いで入信して学会員になった、と書くサイトがあります。家族に信仰を伝えたという手記の内容とは合いますが、旦那さんが入信したと書いた報道はなく、一般の方の信仰は外からは分かりません。

「脱会した」という噂は根拠なし

ネットには「柴田理恵は創価学会を脱会した」という噂もあります。ですが、脱会を伝えた報道は一つもなく、柴田さんが脱会を口にしたこともありません。2024年にはWAHAHA本舗の40周年イベントで久本さんと並んで司会を務めていて、久本さんとの関係も続いています。

脱会説は久本さんとの不仲説とセットで語られることが多いのですが、不仲のほうは、40年一緒に舞台に立ってきた2人がそろって司会をしている時点で無理があります。

夫婦の今と、母の遠距離介護

2026年10月時点で、柴田さん夫婦の離婚や別居の報道は出ていません。ここ数年の柴田さんは、東京で旦那さんと暮らしながら、富山で一人暮らしをしていたお母さんの遠距離介護を続けてきました。

2016年に父が亡くなったとき、柴田さんは母に「東京で一緒に暮らさない?」と持ちかけました。元教師の母から返ってきたのは、こんな言葉です。

絶対に嫌だ。あんたの人生と私の人生は違う。私の人生は富山にある。あんたは東京で仕事を一生懸命しなさい

引用:https://fujinkoron.jp/articles/-/12393

母は2017年に腎盂炎で倒れて「要介護4」になったものの、リハビリで「要介護1」まで回復。柴田さんは東京で仕事を続けながら、親戚やヘルパーさんと連携して支えました。

2023年には、その経験をまとめた本『遠距離介護の幸せなカタチ』を出版。母の須美子さんは2025年1月31日に95歳で亡くなり、柴田さんが喪主を務めました。「あんたは東京で仕事を」という言葉どおり、最後まで仕事を辞めずに見送ったことになります。

柴田理恵のプロフィールと経歴

富山から上京し、劇団一筋で笑いを届けてきた柴田さん。WAHAHA本舗の旗揚げからは、もう40年を超えました。

柴田理恵(しばた りえ)

生年月日1959年1月14日(2026年10月時点で67歳)
出身地富山県婦負郡八尾町(現・富山市)
学歴富山県立八尾高校、明治大学
所属WAHAHA本舗
配偶者学生時代の同級生で元舞台監督の男性(28歳で結婚、夫が改姓)
子供なし
愛犬晴太郎(2019年に死去)、晴の輔

明治大学を卒業後、劇団東京ヴォードヴィルショーに入団し、1984年に佐藤正宏さんや久本雅美さんらとWAHAHA本舗を旗揚げしました。以来、劇団の看板女優として舞台に立ち続けています。

2014年には舞台『淑女のロマンス』で第14回バッカーズ演劇奨励賞を受賞。2016年には富山市の特別副市長にも就任しました。2026年も特撮作品への出演が報じられるなど、活躍の場を広げ続けています。

まとめ

今回は「柴田理恵の旦那は学生時代の同級生で元舞台監督!夫が柴田姓になった結婚と子供がいない夫婦、創価学会の話」

ということで、柴田理恵さんの旦那さんと夫婦の暮らしについての情報をまとめました。

  • 旦那さんは学生時代の同級生で、WAHAHA本舗の元舞台監督。明治大学の演劇研究部で一緒だった、名前は信幸さん、という話もある
  • 柴田さんが28歳のときに結婚し、旦那さんが「柴田」に改姓(理由は語られていない)。劇場で公開結婚式を挙げた
  • 手紙の告白を断られたあと、大学4年の車酔いの一件で交際へ。プロポーズは柴田さんからとされる
  • 子供はいない。愛犬の晴太郎・晴の輔と暮らし、2026年10月時点で離婚・別居の報道はない
  • 柴田さんは創価学会員。旦那さんも学会員という話は未確認で、脱会の噂は根拠なし

一度フラれても3年間想い続けた旦那さんと、しびれを切らして自分から結婚を切り出した柴田さん。豪快な奥さんと口数の少ない旦那さん、なんともバランスのいい夫婦です。

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