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瀬戸大也と馬淵優佳は2026年に離婚!小6の一目ぼれから9年の結婚生活と2人の娘の今

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2016年のリオ五輪400メートル個人メドレーで銅メダルを取り、世界水泳では金メダルを4つ。東京、パリと合わせて五輪に3大会続けて出場した競泳の瀬戸大也さん。

競泳の瀬戸大也さん
出典:https://www.oricon.co.jp/news/2435671/full/

2020年の不倫騒動のあとも夫婦を続けていた奥さんの馬淵優佳さんとは、結局どうなったのでしょうか。離婚したならその理由や、2人の娘さんのことも気になります。

瀬戸さんと馬淵さんは、2026年2月10日にそれぞれのインスタグラムで離婚を発表しました。2017年の結婚から9年目のことで、離婚の理由はどちらも明かしていません。

この記事では、離婚発表の言葉と親権の話、元奥さんの馬淵優佳さんのプロフィール、小6の一目ぼれから始まった馴れ初め、不倫騒動と別居報道の経緯、2人の娘さんの今を紹介します。

目次

瀬戸大也は2026年2月10日に馬淵優佳と離婚

瀬戸大也さんは、2026年2月10日に元飛び込み日本代表の馬淵優佳さんとの離婚を発表しています。2人とも31歳で、2017年5月の入籍からおよそ8年9か月でした。2人の報告には、娘さんたちへの思いが共通していたので、まずはそれぞれが書いた言葉から読んでみます。

それぞれのインスタグラムで離婚を報告

先に発表したのは馬淵さんで、インスタグラムのストーリーズに文章を載せました。

私事で恐縮ではございますが、このたび、離婚が成立いたしましたことをご報告申し上げます。今後は子どもたちとの生活を大切に守りながら、これまで以上に仕事に邁進してまいります。

引用:https://www.oricon.co.jp/news/2435671/full/

瀬戸さんも同じ日に、インスタグラムの投稿で報告しています。

この度、馬淵優佳さんと離婚致しましたことをご報告させていただきます。
これからは子供達の幸せを協力して守っていく所存です。
皆様にはご心配をおかけいたしますが、新しい人生のスタートを温かく見守っていただけますと幸いです。
選手として、一人の人間として、精一杯頑張ってまいります。

引用:https://www.daily.co.jp/gossip/2026/02/10/0020006110.shtml

馬淵さんは「子どもたちとの生活」、瀬戸さんは「子供達の幸せを協力して」。言葉は違っても、2人とも真っ先に娘さんたちのことを書いているのは同じでした。

離婚の理由は公表されていない

離婚の理由は、2人の発表のどちらにも書かれていません。ネットでは「やっぱり不倫が原因」と言い切る記事も多いのですが、本人たちが理由を語ったことはないので、そこは決めつけられない部分です。

報道の流れだけを並べると、2020年9月に瀬戸さんの不倫が報じられ、2024年には別居と離婚協議中であることが週刊誌で報じられていました。離婚の発表は、最初の不倫報道から5年半近くたってからです。

親権はどっち?共同親権という話は本当?

2人の娘さんの親権がどちらにあるのかは、発表されていません。ただ、馬淵さんは発表で「子どもたちとの生活を大切に守りながら」と書いていて、2026年10月には娘さん2人と手をつないだ写真もインスタグラムに載せています。

一方で、ネットのまとめ記事には「日本では2024年から共同親権制度が導入され」と書いたものがあります。でもこれは間違い。共同親権を選べるようにした改正民法は2024年に成立したものの、施行は2026年4月1日で、2人の離婚が成立した2月にはまだ始まっていませんでした。

同じ記事は瀬戸さんを「元オリンピック金メダリスト」、馬淵さんを「元競泳選手」とも書いています。五輪のメダルは銅ですし、馬淵さんは飛び込みの選手。さすがにそこは調べてから書いてほしいところです。

元嫁・馬淵優佳はどんな人?飛び込みの元日本代表

元奥さんの馬淵優佳さんは、飛び込みの元日本代表選手です。お父さんは、日本の飛び込み界の第一人者とされるコーチの馬淵崇英さんです。2度引退して1度戻ってきたという、ちょっと珍しい選手人生を送っています。

飛び込みの元日本代表・馬淵優佳さん
出典:https://www.instagram.com/p/Cg-xqkBBmuR/

2022年8月、現役復帰後の日本選手権で1メートル板飛び込みを制したときの馬淵さんです。メダルを手にした大きな笑顔がまぶしくて、ネットで「飛び込み界の長澤まさみ」と呼ぶ声があったのも分かる気がします。

名前馬淵優佳(まぶち ゆか)
生年月日1995年2月5日(2026年10月時点で31歳)
出身兵庫県宝塚市
父馬淵崇英さん(中国出身の飛び込みコーチ)
学歴甲子園学院高校、立命館大学スポーツ健康科学部
主な成績2008年日本選手権で優勝、2022年日本選手権の1メートル板飛び込みで7年ぶり優勝
引退2017年11月に引退、2021年12月に復帰、2024年2月に2度目の引退
現在スポーツコメンテーター、タレント(株式会社IMO所属)
子供娘2人(2018年生まれ・2020年生まれ)

3歳で水泳を、6歳で飛び込みを始め、中学3年からはお父さんの指導を受けました。結婚した2017年の11月に引退し、世間では「夫を支えるための引退」と受け取られましたが、2021年のテレビ番組で本人はこう話しています。

競技、嫌いだったんですよ。早く辞めたくて仕方なくて。

引用:https://www.sanspo.com/article/20210505-OY374NMV3RLRPOOSBKFX6TQW3M/

結婚が理由の引退ではなかったと、自分の口で説明したわけです。それなのに次女を産んだあとの2021年12月、4年4か月ぶりに競技に戻ってきました。「嫌いだった」と言った競技に母親になってから戻るとは、聞いているこちらが驚いてしまいます。

パリ五輪を目指しましたが代表には届かず、2024年2月に2度目の引退。2021年にはTBSの日曜劇場『日本沈没-希望のひと-』でドラマにも出演していて、今はテレビやイベントの仕事を続けています。

瀬戸大也と馬淵優佳の馴れ初めは小6の一目ぼれ

2人の始まりは、瀬戸さんの小学6年生のころの一目ぼれでした。そこから交際、プロポーズ、結婚式までの流れを順番に追っていくと、なかなかドラマチックです。

小6で一目ぼれした相手と大学時代に遠距離交際

瀬戸さんは埼玉県のJSS毛呂山、馬淵さんは兵庫県のJSS宝塚と、同じ系列のスイミングスクールで育ちました。瀬戸さんはテレビ番組で、小6のときに今の奥さんに一目ぼれしたと明かしています。

ネットでは、きっかけは大会のパンフレットに顔写真つきで載っていた馬淵さんだったと紹介されています。ただ、パンフレットの話は本人の発言を伝えた元の記事までたどれていません。それにしても、小学6年生の一目ぼれから本当に結婚までたどり着いたのですから、瀬戸さんの行動力には驚きます。

交際の始まりについては、ネットのまとめ記事に「2014年11月22日」という日付が出回っていますが、本人や新聞が伝えた日付ではありません。確かなのは、2021年に馬淵さんが「2年記念日」にプロポーズされたと話していることと、2人が関東と関西に分かれた大学生同士だったことです。

瀬戸大也さんと馬淵優佳さんのツーショット
出典:https://www.instagram.com/p/Bd4cfaQBuIY/

馬淵さんのインスタグラムに載った、海辺での2人の自撮りです。瀬戸さんのくしゃっとしたウインクに、日焼けした肌。顔をぴったり寄せていて、なんとも楽しそうな1枚です。

プロポーズは交際2年の記念日に馬淵の実家で

プロポーズについては、馬淵さんが2021年にテレビで話しています。

2年記念日の時に、私の実家の自分の部屋でプロポーズをされまして、次の日に両親に報告しました、そのまま

引用:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2021/09/05/kiji/20210905s00041000422000c.html

馬淵さんは「遠距離だったので、やっぱり家族に会う機会があんまりなかった」とも話しています。プロポーズの翌日に名コーチのお父さんの前にも座ったわけで、瀬戸さん、なかなかの度胸です。

ちなみにネットでは「ダイヤの指輪に自分の顔写真を貼って渡した」「そのアイデアは大谷翔平選手が出した」という話も広まっています。ただ、スポーツ紙や本人のインタビューでこの話を伝えたものは見つからず、どこまで本当か分からない噂です。

2017年5月24日に入籍、10月1日に挙式

入籍は2017年5月24日、瀬戸さんの23歳の誕生日でした。2人はそれぞれツイッターで婚姻届を持った写真を公開し、瀬戸さんは「まだまだ未熟な2人ですがこれからも変わらぬご声援をよろしくお願い致します」とつづっています。

結婚式は2017年10月1日。1が2つ並ぶ日取りで、披露宴会場のザ・ストリングス表参道はこの日がグランドオープンでした。瀬戸さんは「1番にこだわった」と話していて、金メダルを狙うアスリートらしいゲン担ぎだったそうです。

2017年10月の結婚式での瀬戸大也さんと馬淵優佳さん
出典:https://www.instagram.com/p/BZucJfNh-PQ/

挙式の日にインスタグラムに載ったタキシードとウエディングドレスの2人です。誓いのキスについては、2人ともこう振り返っていました。

挙式の誓いのキスは通常より長かった。瀬戸は「水泳選手なので息を止めるイメージで。長い長いキスをしようと思った」と説明。馬淵は「思ったより長く、のけぞってしまった」と苦笑いして振り返った。

引用:https://www.nikkansports.com/m/sports/news/201710010000455_m.html?mode=all

参列した人たちの前で肺活量を見せつけてどうするの、とツッコみたくなります(笑)この日の瀬戸さんは、試合でも練習でも結婚指輪を外さないと宣言し、スタートで構えたときに指輪が「最後のパワーになる」と話していました。

2019年の番組で、夫のどこが好きかを聞かれた馬淵さんの答えは「ポジティブなところ」。さらに「匂いが好き」と言い出し、何の匂いかと聞かれて「塩素の匂いがするんですよ」と答えて、スタジオをのけぞらせています。プールの匂いがする旦那さん、さすが競泳選手の妻です。

2020年の不倫報道と処分、2024年の別居報道

夫婦の雰囲気が一変したのは、2020年9月の不倫報道でした。瀬戸さん本人と事務所が事実だと認めています。報道から処分、そして2024年の別居報道までを、当時の2人の言葉と一緒に見ていきます。

2020年9月、瀬戸本人が不倫を認めて謝罪

2020年9月23日、デイリー新潮が瀬戸さんと一般女性の不倫を報じました。翌24日未明には、所属するマネジメント会社が「瀬戸が不貞行為を働いたことは事実であることを確認しました」とホームページで報告し、瀬戸さんと馬淵さんの直筆のコメントを並べて載せています。

今後、どのような形で皆様の信頼を回復していくことができるか、そして私たち家族のことについては、よく話し合っていきたいと考えております。

引用:https://www.daily.co.jp/general/2020/09/24/0013726679.shtml

これは馬淵さんのコメントの一部です。夫の不倫で、妻までスポンサーや関係者に頭を下げる形になりました。半年前の2020年3月に次女が生まれたばかりの時期で、馬淵さんは報道の2日前に瀬戸さんから打ち明けられ、「そのときは感情の糸がプチッと切れた感じ」だったと明かしています。

その後、別の女性の証言も報じられ、所属先のANAは9月末で契約を解除。JOCのシンボルアスリートの契約も打ち切られ、瀬戸さんは東京五輪の競泳主将を辞退しました。10月13日には日本水泳連盟が年内の活動停止処分を決めています。

東京五輪では妻が応援、2026年に本人が振り返った当時

東京五輪の代表は取り消されず、2021年の大会に出場。400メートル個人メドレーは予選敗退、200メートル個人メドレーは4位でメダルには届きませんでしたが、馬淵さんが瀬戸さんを応援する姿も報じられました。

2026年5月、瀬戸さんは東出昌大さんの番組で当時を振り返っています。五輪の延期で気持ちが切れて「結構『どうにでもなれ』みたいな感じになってしまって…」と話し、スキャンダルについてはこう語りました。

まあスキャンダルで反省することはたくさんありました

引用:https://www.daily.co.jp/general/2026/05/19/0020373835.shtml

私生活のつまずきが競技に響くかと聞かれると「露骨に」とうなずき、「結構お酒に逃げたりというのはすごく多かったです。誰とも会いたくない」とも話しています。離婚の発表から3か月後の放送でした。

2024年の別居・離婚協議報道と瀬戸側の反論

2024年11月、週刊文春が2人の別居と離婚協議を報じました。この記事には、瀬戸さんのその後の女性関係や、代表合宿中に繁華街へ出かけていたという話も書かれていました。

これに対して瀬戸さん側は、11月30日に「TEAM DAIYA一同」の名前で声明を出しています。

掲載されている代表合宿中の繁華街への外出についても、当日のタクシー乗車記録をもって事実無根であるとの確認が取れております。その他の記事につきましても事実ではない、事実と異なる印象を与える記述が多く含まれています。

引用:https://www.oricon.co.jp/news/2356852/full/

瀬戸さん側が「事実無根」とはっきり書いたのは、代表合宿中の外出の部分です。記事のほかの部分も「事実ではない」「事実と異なる印象を与える」記述が多いと反論していますが、女性関係のどの話を否定したのかまでは声明に書かれていません。

ネットには「夜な夜な六本木のキャバクラで浮気を繰り返した」とまで書くまとめ記事もあります。週刊誌が報じ、本人側が反論している話なので、どちらが本当かはまだ分からないと受け止めておくのがよさそうです。

一方で、その年の2月に2度目の引退を発表したとき、馬淵さんは「夫のパリ五輪への挑戦を家族でサポートしていきます」とコメントしていました。それでも夏のパリ五輪では、馬淵さんが現地で応援する姿はなかったと報じられています。

瀬戸大也と馬淵優佳の子供は娘2人

2人の間には、2018年生まれの長女と2020年生まれの次女がいます。2026年10月時点で、長女は8歳、次女は6歳です。長女の誕生は、当時の瀬戸さんと馬淵さんがそろってSNSで報告していました。

長女が生まれたのは2018年6月26日の12時14分。体重は3968グラムで、馬淵さんはインスタグラムに「想像以上にビッグでしたが、7時間で産まれました」「さすが元アスリートと言われました笑」と書いています。4キロ近い赤ちゃんを7時間で、というのは本当にたくましいです。

次女は2020年3月末に誕生しました。長女の名前は「yuwa」と伝えられたことがあり、ネットでは次女を「のわ」ちゃんとする話もありますが、2人の名前を夫婦が正式に発表したことはありません。

馬淵優佳さんと2人の娘さん
出典:https://hochi.news/articles/20261011-OHT1T51018.html

2026年10月、馬淵さんがインスタグラムに載せた娘さん2人との写真です。「ジャンプしたり走ったり 私たちらしい写真が撮れました」と書き添えていて、白でそろえた服で手をつないでいます。

サングラスをかけてポーズを決める娘さんたち、もうすっかりおしゃれなお姉さんですね。真ん中の馬淵さんも、ショートヘアとデニムがよく似合っていて、元アスリートらしいすっきりした立ち姿です。

瀬戸大也の今は?再婚や新しい恋人は

2026年10月時点で、瀬戸さんの再婚や新しい交際相手の報道は出ていません。選手としての近況は、けがに苦しんだ時期が続いています。

2024年のパリ五輪では400メートルと200メートルの個人メドレーでどちらも決勝に進み、ともに7位。2025年は3月の日本選手権をろっ骨のけがなどで棄権し、9月の国民スポーツ大会は予選落ちでした。このときはインスタグラムで「来る前日にギックリ腰になってしまい予選落ちでした。また出直します」と明かしています。

離婚の発表でも「選手として、一人の人間として、精一杯頑張ってまいります」と書いていて、引退は表明していません。大会の前日にギックリ腰で予選落ちとは、なんともついていません。本人はその日「また出直します」と書いていて、離婚の発表でも選手として頑張ると書いています。

瀬戸大也のプロフィール

埼玉で生まれ、少年時代から萩野公介さんと競い合ってきた個人メドレーの第一人者です。経歴と主な成績を表にまとめます。

瀬戸大也(せと だいや)

生年月日1994年5月24日(2026年10月時点で32歳)
出身埼玉県入間郡毛呂山町
身長174cm
学歴埼玉栄高校、早稲田大学スポーツ科学部
五輪2016年リオ 400m個人メドレー銅メダル。東京、パリにも出場
世界水泳金メダル4個(2013年・2015年・2019年の400m個人メドレー、2019年の200m個人メドレー)
結婚歴2017年5月に馬淵優佳さんと結婚、2026年2月に離婚
子供娘2人

埼玉栄高校ではインターハイの400メートル個人メドレーで3連覇。早稲田大学1年だった2013年の世界水泳で、この種目の日本人初の金メダルを取りました。2015年に2連覇を果たし、2019年には200メートルと400メートルの個人メドレーで2冠を達成しています。

まとめ

今回は「瀬戸大也と馬淵優佳は2026年に離婚!小6の一目ぼれから9年の結婚生活と2人の娘の今」

ということで、瀬戸大也さんと元奥さんの馬淵優佳さん、2人の娘さんについての情報をまとめました。

  • 2026年2月10日、2人がそれぞれのインスタグラムで離婚を発表。理由は公表されていない
  • 親権は発表なし。共同親権を選べる改正民法の施行は離婚後の2026年4月
  • 馴れ初めは瀬戸さんの小6の一目ぼれ。大学時代に遠距離で交際し、2017年5月24日に入籍、10月1日に挙式
  • 2020年9月に不倫が報じられ、本人が認めて謝罪。ANAとの契約解除や年内の活動停止処分を受けた
  • 2024年には週刊文春が別居・離婚協議を報道。瀬戸さん側は代表合宿中の外出を「事実無根」とし、記事全体にも反論した
  • 子供は2018年生まれと2020年生まれの娘2人。2026年10月には馬淵さんが娘さんとの写真を公開

パンフレットの写真に一目ぼれした小学生が、その子と結婚して、9年で離婚。こうして並べると切ないですが、夫婦でなくなっても、2人が娘さんたちのパパとママであることは変わりません。

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